平凡と非凡の差

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先日、思いがけず、高校時代のある同級生の消息を知った。

彼女は、高校時代、美人で頭脳明晰、性格も明るくて、同性から見ても非の打ち所のないとっても素敵な子だった。

東京の某有名国立大学に現役合格し、卒業後は大手航空会社の国際線の客室乗務員になったらしいと、風の噂で聞いていた。

「さすが、彼女らしいな・・・」、そう思った。

一浪して大学に行き、20代で2度の転職をして、不器用に人生を歩いていた自分と比べて、なんて順風満帆の人生なんだろう、と羨ましく思ったことを覚えてる。

その彼女が今、弁護士として活躍していることがわかった。

プロフィールを見ると、国際線の客室乗務員として数年間勤務したあと、司法試験を目指して退職。

30代前半で司法試験に合格し、数年前に法律事務所を開業した、とある。

「非凡」な人というのはいるものだ。

次元が違う。

女性なら誰もが憧れる「国際線・客室乗務員」という仕事をあっさり捨てて、法学部出身でもないのに、わずか数年間の勉強で最難関の国家試験に合格。

容易なことでは当然ない。

相当な信念と努力があったのだろう。

高校を卒業してから25年。

彼女の見事な転身を知って驚くと同時に、忘れかけていた高校生の頃の懐かしい気持ちを思い出し、心の奥で突き動かされるような何かを感じて、なんだかとっても心がざわざわした。

高校の頃の私は、映画字幕翻訳のカリスマ戸田奈津子さんに憧れ、将来は語学を生かした仕事をしたいと思っていた。

高校・大学は夢中で英語とフランス語を勉強したけれど、帰国子女がそこら中にいる環境の中にいるうちに、どんなに頑張っても敵わないという思いから、いつしかその情熱も薄れてきてしまった。

語学への思いは、なんとしてでも英語とフランス語を身に着けたいという強い気持ちから、趣味で続けることができれば・・・という程度になってきてしまっていた。

「平凡と非凡の差は、微差にある」という。

「その微差の積み重ねが絶対差になる」、と。

平凡と非凡の差を埋めるのは努力しかない。

彼女のおかげで、「努力すること」を思い出し、衝動的にTOEICと、無謀にも英検1級の受験を申し込んでしまった。

試験はどちらも来月。

合否のないTOEICはともかく、英検1級は今のままでは多分落ちる。

でも、もう一度、崖っぷちの受験生になった気持ちで難関試験に挑戦したくなってしまった。

もし万一受かったら夏頃にブログで報告します・・・。

落ちたら・・・、そっとしておいてください(笑)。

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