3月、別れる力

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2015年に入ったばかりだと思っていたら、もう3月。

年齢を重ねたせいなのか、ここ数年、時間が過ぎるのに加速度がついていると思わずにはいられないほど月日が経つのが早く感じられる。

週にたった1度の英語のレッスンだって、恥をかきたくないから一生懸命予習して当日を迎えて、「やっと終わった!」と思ったら、「また」すぐに次のレッスンがやってくる。

今、何月何日だっけ?!と時折り自分の「TODOリスト」、物事の進捗状況を確認するために立ち止まらないと、「するべきこと」もしないままに、ただただ時間に流される。

そういえば最近、朝の出勤途中に近所で引越しの車をよく見かけるようになった、・・・と思ったら3月。

これまでの生活に別れを告げて、4月からの新生活に備える季節。

昨日、3月1日付朝刊の北海道新聞のコラム「卓上四季」(←記事はココをクリック)の話が、そんな季節だけに、なんだかとっても心にジーンと染みた。

「▼「私たちが生きていく上で、離別は避けてとおれるものではない」と書いたのは作家伊集院静さんだ。「大人の流儀3 別れる力」(講談社刊)の冒頭にある。その中で、伊集院さんは北海道で見たというサラブレッドの子別れの場面を紹介している▼母馬から引き離された子馬が母馬を呼んで一晩、いななき続ける。しかし翌朝、子馬が他の若馬たちと懸命に走るのを目にする。「その時、私は一夜の哀(かな)しさが仔(こ)馬に、彼が生きるための力を与えたのだと思った。それは母馬の祈りでもある」とつづった▼」(←2015/3/1北海道新聞「卓上四季」から)

来春の大学卒業予定者の就職活動を応援するための、とても、とても「いい話」。

私が親元を初めて離れたのは、札幌を離れて東京の大学に進学した19歳の時。

辛い1年間の浪人生活を終えた後だっただけに、憧れの東京での大学生活を夢見るばかりで、「一晩、泣き続ける」こともまったくなかった「薄情」な娘だったけれど、「離別」が人を強くするのは間違いない。

「ひとつのドアが閉まるとき、別のドアが開く」、ともよく言われる。

それが、バランスを取るための自然の法則なのだと。

これも、私の大好きな考え方。

「座右の銘」という程ではないけれど、気がつくと常にそう思ってる。

どんな「別れ」でも、「別れる」というのは、今までは知らなかった、あるいは経験することのなかった「新しい出会い」、「新しい発見・考え方」につながるということ。

「親」の立場でも、「子」の立場でも、同じだと思う。

その「新しさ」に希望を見出せる限り、人は辛い離別を乗り越えて生きていける、そして人には、その力がもともと備わっているのだと思う。

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