今回、久しぶりに訪れたイギリスで、人種や言語の多様性に改めて驚かされた。
夫の故郷ダービーで家族や友人たちと会っている時以外、「イギリス生まれのイギリス人」と会ったり、話す機会は皆無と言っていい程なかった。
街の中を歩いていても、髪の色、目の色、肌の色が多種多様。
聞こえてくる言葉も、中国語、フランス語、アラビア語、スペイン語、韓国語、ロシア語・・・、もう何がなんだかわからない。
いわゆる、「典型」、「スタンダード」というカタチがない。
英語が聞こえてくるのは、地下鉄や列車のアナウンスくらいなもの。
ロンドンで宿泊したホテルは、スタッフ全員が明らかにネイティブではなく、中には、英語がわからないスタッフもいて、朝食でバターがなかった時、ポールが「バターをください」と英語で言っても通じず、「パンにバターを塗るジェスチャー」をして、やっと持ってきてもらえた。
ネイティブのポールでもコミュニケーションがままならない状況の中、このホテルでは最終日にちょっとしたトラブルがあったけれど、それはまた後日改めて。
周辺のレストランも同じだった。
帰りに乗ったタクシーの運転手もナイジェリア出身で、かなりブロークンな英語で1時間以上ずっと話し続けていた。
イギリス人か外国人かなんて、見た目だけでは国籍はわからないし、誰も気にしない。
イギリスで生活するのに必要なのは、片言の英語とハートの強さがあれば十分なんじゃないかと思えてきた。
周囲がそんな感じなので、自分が「外国人」ということを意識することがなかった。
「郷に入っては郷に従え」のルールをもとに行動しようとしても、文化が多様過ぎて、従うべきルールがわからない。
日本の企業でも、数年前から、社会の多様なニーズのもと、「ダイバーシティ=多様な人材の活用」が叫ばれている。
ダイバーシティと言われるとわかりにくくなるけれど、結局のところ、「個人の尊重」に他ならない。
イギリスに来て、今回良く分かった。
これだけ多種多様な人種、宗教の人たちが生活するダイバーシティ社会になると、「集団」がなく統一感がないから、「個人」を尊重しないとうまくいかない。
往復のフライトでも、私のこれまでの経験では、機内食の時は、「チキン」か「ビーフ」か、あるいは、「肉」か「魚」かの2択だったけれど、今は「ベジタリアン」用も含め、数種類用意されている。
事前に航空会社のサイトを通してアレルギーなど食事の希望を事細かに伝えることもできる。
個別対応してナンボの世界。
こうなってくるともう、サービスを提供する方は対応するのが本当に大変だ。
人間だと対応するのに限界があるから、ITやAIで、という方向に走らざるを得なくなる。
列車や飛行機を利用する時も、チケットカウンターはなく、何をするにも機械ばかりが相手だった。
「〇〇までの切符、大人2枚ください」。
海外旅行をするときには、少なくとも現地語で最低限の挨拶や必要な旅行会話ができるようにしてきたけれど、人気の観光地では、各国語対応の機械が相手をしてくれるから今はそれも必要ない。
駅の売店でも、自分で買ったものを持っていって計算して支払うセルフレジが多く、会話どころか挨拶する必要すらない。
海外旅行の楽しみ方も、今までとは違ったものになってきた。
そんなことを感じたイギリス旅行だった。
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コメント
ロンドンは急にITオンチが行ったら大変そうですね(笑)
ナイジェリア出身の運転手さん、ブロークンで1時間。
何かと生命力感じますね。
文法気にしてやっと一言の身としてはうらやましい。
里帰りも遠いと大変ですね。
でも、良いペットホテルが見つかって、プチ帰省ならしやすくなりますね。
スマホとLCCが個人の移動の概念を変えてますよね。世界は新しい大航海時代に入っているのかもと思います。
>チョビマロ母さん
そうなんですよ。ロンドンは、何をするにも英語を話す力より、ITを普段から使いこなしている人の方が断然旅行には有利です。
語学を好きで学んできたものとしては本当に寂しい限り。
ナイジェリアの運転手さんが典型なのですが、ブロークンだろうと関係なく、話したいことをとにかくしゃべり続ける。そしてなんとかなってる。この逞しさが、自分自身を含めて、失敗を恐れる日本人に必要なサバイバル能力なのだと思います。
里帰りは一大事ですが、変化の早い今、夫の国の様子を知ることは大切なことだと今回改めて思いました。
>しぎょうさん
まさにおっしゃる通り!!
うまく言葉で説明できなかったのですが、そういうことですよね。
新しい大航海時代の到来!!
自分の情報もアップデートできて、やっぱり行って良かったです。