
週末、『私の中のあなた 原題MY SISTER’S KEEPER』という、2009年の映画を観た。
「メリーに首ったけ」以来ずっと大ファンのキャメロン・ディアス主演。
あまり有名な映画ではないけれど、口コミの評価が高かったので観たところ、結果、号泣。
「生と死」について、深く深~く考えさせられた。
白血病の姉と、姉を助けるための唯一の手段の臓器提供ドナーとして、受精卵の段階で遺伝子操作が行われ生まれてきた妹。
生まれてからずっと、当り前のように何度も姉のために手術を受け、我が身の一部を提供し続けてきた。
だがしかし、ある日突然、その妹が、わずかなお金を握りしめて勝訴率91%の敏腕弁護士のもとを訪れ、「姉のドナーとして生きる人生はもうコリゴリ。これ以上臓器提供を強制されないように両親を訴えたい」と申し出る。
「姉を助けたい気持ちはもちろんだけど、自分の人生も大切にしたい。臓器を提供し続けることで、運動を制限されるような生活を送りたくない。チア・リーディングだってしたいし、お酒も飲みたい」。
10代の少女が、健康な生活を送りたい、という当たり前の願い。
妹の気持ちに理解を示しながらも、姉が生きるために、妹の犠牲は当然だと譲らない母親。


そして、訴訟が始まる。
臓器提供を拒み、姉を見殺しにするような発言を続ける妹。
姉を助けたい一心で、唯一適合する妹が臓器提供するのは当たり前なのであって、許可を求める必要もないと主張する母親。
だがしかし、妹が訴えを起こしたのは、妹の考えじゃない。
姉がそうして欲しいと望んだから。
治る見込みがないと死を覚悟した姉は、自分のせいで妹や家族がこれ以上の負担を強いられていることが苦しくてたまらず、自分を助けたいと奮闘する両親の想いを断ち切るため、妹に頼んで「両親を訴える」という手段に出たのだった。
それは、自分の、どんなに望んでも叶わない「生」に対する家族の執着を絶つため。


「妹の人生も、自分と同じように大切にしてあげて欲しい。お願いだから、これ以上妹の体を傷つけないで」。
妹を思う姉だからこその切なる願い、静かな叫びに、目が腫れるほど号泣。
子供もいないし、幸せなことに3姉妹の実の家族はみんな健康で、この映画を観なかったら考えることもなかったテーマ。
この映画がきっかけで、きっとこれからも、「生と死」、「家族愛」、「臓器提供」について考えることになる。
映画って本当に素晴らしい。
観るたびにいつも、人生に奥深さを与えてくれる。
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